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男もすなる日記といふものを、harumakiもしてみむとてするなり。

「 『内藤あき』 って知ってる?」

日記ではありません。

 

「 『内藤あき』 って知ってる?」

 

 金曜日の雨の日。

 

 普段使っている電車は人身事故だか架線トラブルだかが起きているようで、午後から運休していた。

 

 その路線が使えないとなると、こんな田舎に他の路線が通っているはずもなく、帰る手段は電車を除くとバスかタクシーのみである。しかしタクシーなんて高級な乗り物を使おうものなら、貧乏学生の僕たちは瞬く間に破産してしまうだろう。

 

 しかし、バスで帰るとなると手間だ。バスは僕たちの家の近くへ着くまでに回り道のルートを走るため、到着には2時間以上を要し、着いた頃には身体がガタガタのヘトヘトになってしまう。

 

 そうやってネガティブな思考を巡らせてはみるものの、結局他に選択肢のない僕と友人の直江はしぶしぶバスへ乗り込んだのであった。

  

 乗車してから30分程経っただろうか。昨夜はスマートフォンの充電を忘れてしまったのだが、この暇に耐えきれず痺れを切らしてSNSを見ていると、あっという間に電池が切れてしまった。予備のバッテリーを教室に忘れたことに気付いたのはバスに乗ってからのことだった。タイミングの悪いことというのは、誰の悪戯なのか重なるものである。

 

 他に暇つぶしの手段を持ち合わせていない僕は、流れゆく景色を虚ろに眺めながら時間が過ぎるのを待った。

 

 暇を持て余している私に気づいたのか、直江はある質問を投げかけてきた。

 

 「お前さ、『内藤あき』って知ってる?」

 

 「ナイトウアキ? 知らないと思う。誰だっけ、芸能人?」

 

 「俺もあんまり知らん。お前変な知り合いいるからワンチャンその中にいないかなって」

 

 自分の知り合いに対して "変な" という形容詞をつけられたことは癪だが、その言葉が一周して自分自身に刺さっていることに直江は気づいていないようである。

 

 『ナイトウアキ』。そんな知り合いはいないが、どこか聞き覚えのある名前な気がした。昨今流行りのキラキラネームでもなく、どの時代にも相当数いそうな名前なので、ニュースや新聞、もしくは迷子のお知らせなんかで聞いたのかもしれない。

 

 僕は直江に聞き返す。

 

 「名前は全部漢字?」

 

 「いや、"あき"は平仮名で、ボクシングの "内藤大助" の内藤で『内藤あき』」

 

 「あ、中学か高校の時にそんな人いなかったっけ?」

 

 「いないな。たぶんそれ斉藤さんとかだろ。俺の出席番号の前も園部さんで "そ" だったし」

 

 他のクラスはおろか自分のクラスにも大して友人のいなかった僕であるが、それとは対照的に直江は学年のほぼ全員と友達という、いわゆる"陽キャ"であった。そんな直江が大学で僕とつるんでいるのは不思議なことであるが、人気者の直江と一緒にいることに僕は些細な優越感を抱いていた。

 

 「そっか。それで、その・・内藤あき? が何」

 

 「なんかここ1週間くらいですげえ話題になってんだよ。掲示板でも『俺内藤あきだけど質問ある?』、『さっき駅に内藤あきいてワロタwww』、『内藤あき正体考察スレ part21』って感じでな」

 

 「全然知らなかったわ。なんで急に流行りだしたの」

 

 「何故かそれも分かんねえんだよな。俺も最近はそればっかり見てるんだけどさ」

 

 リアルはおろかネット上にも大して友達のいない僕は、情報の流れに疎かった。というよりは、そもそも噂話やトピックにあまり興味が無いのだろう。

 

 しかし、『内藤あき』という言葉には不思議な引力があるように感じた。『内藤あき』が急に取り上げられるようになったのは、僕と同じようにこの引力に当てられた者が大多数いるからなのだろうか。

 

 僕は直江にいくつかの質問をした。

 

 「それって男? 女?」

 

 『内藤あき』という名前は男女どちらについても違和感の無い名前だと思われるが、性別をはっきりさせればそれだけで選択肢をかなりの範囲で絞ることが出来る。しかし直江から期待した答えは返ってこなかった。

 

 「いや、それも分かってないんだよな。性別不詳、年齢不詳、日本人っぽい名前だけど外国人って説もあったり、そもそも人間じゃなくて動物とか、ネット上に存在するAIとか・・・火星から来た宇宙人なんて説もあるな」

 

 「宇宙人とか言い出すと現実味無いなぁ。外国の偉人とか犯罪者とかにそんなやついないかな」

 

 「軽くググったけど見つかんなかったな。でも今は『ターバンを巻いた中年のインド人』説が濃厚らしい」

 

 「何故インド人・・・。まぁ、インドは人口多いし国民に一人くらいはそんな名前の人もいるかもしれないけど」

 

 こうは言ったものの、インド人の人名の例を出せと言われたら難しい。せいぜい思い浮かぶのは『ガンディー』くらいである。

 

 「人とか物の名前じゃないのかもね。『冬将軍』みたいな感じで『内藤秋』みたいな現象の名前とか」

 

 人名以外で考えられるのは、現象、地名、特定の物の名前、別の国の語句といったところだろうか。調べようと思ったがスマートフォンの電池は切れていた。

 

 僕は続けて話した。

 

 「ナイトウ・・あ、もしかして『内藤』って実は "Night" とか "Knight" とかの聞き間違いで、部分的に外国語とかだったりするんじゃね?」

 

 「ん、そんで?」

 

 「いや、別に何も無いけど」

 

 思いつきを言ってはみたが、他に手がかりが無いので何かに繋がるわけではない。特に生産性の無い意見に、直江からの返事も素っ気ないものだった。

 

 「切るところが違うのかもな。『ナイト、ウアキ』、『ナイトウア、キー』、『ナ、イトウアキ』」

 

 「ん」

 

 どちらとも取れない素っ気ない返事。もう話しかけるのは止め、一人で考えることにしよう。

 

 物の名前はどうだろう。どこかの企業の商品や、ゆるキャラの名前だったりするかもしれない。AIの名称ならば、身近なところ "Siri" が思い付く。あとはネットで見た将棋の対戦に出場してたAIはポナンザとかそんな名前だった憶えがある。『内藤あき』という名前のAIもいただろうか。

 

 あとは読み間違い。「ないとーあき」と書いた時に、"ー" の部分が実は漢数字だったのを、間違えて伸ばし棒と捉えられたのかもしれない。そうすると実際の読み方は『ないとかずあき』などだろうか。

 

 「ないと」という苗字はあっただろうか。もしくはハンドルネームで「ナイトかずあき」なども考えられなくはないが、そんなダサいハンドルネームを付ける人がいるとは思えない。あくまで個人的な意見ではあるが。

 

 

 バスが停車した。どうやら夢中で考え込んでいる内に目的地に到着したらしい。推理も手詰まりだったので残りは家でじっくり考えることにしよう。直江とはバス停を挟んで反対方向へ帰るので、ここで別れる。

 

 「じゃあね。明日学校来る?」

 

 「明日はバイトあるから行かね」

 

 「夜暇?」

 

 「バイトは19時までだけどわかんない。じゃあな」

 

 

 

 

 放心。バスでの直江との会話で『内藤あき』が頭から離れなくなり、帰宅してパソコンを点け『内藤あき』の調査をした。それから深夜までひたすら調査を続け、疲れて寝落ち、起きて再び調査、また寝落ち、起きて調査・・という無賃労働を続け、せっかくの週末を棒に振ってしまった。

 

 『内藤あき』を検索するとヒットは300万件程。検索結果には掲示板やそれらをまとめたアンテナサイトが多く、総括すると外国人やAIであると結論付けている記事が多いが、あまり信頼できるようなサイトは無かった。

 

 調査意欲が最高潮だった土曜日の午後などは、ネット上であまり推測の立てられていない観点から調査しようと試み、アナグラムで「イトウアキナ」、「ナイキアウト」、「ウキアトナイ」など、パターンを調べ尽くしたもののこれといった成果は無く、激しい落差から現在は、路上に半日放置された死んだ魚のような目をしている。

 

 実際のところ、極度の疲れから、視力が本当に死んだ魚の目程度になっているところだが、調査打ち切りのタイミングを逃した僕は虚ろながらも再びキーボードに手を伸ばした。

 

 なんでもいいから自分の中で結論を出して終わりたい。大衆予想と同じようにどこかの知らない外国人でもAIでも、もう何でもいい。もはや誰と闘っているのか分からないし、襲い来る睡魔を甘受して平穏な眠りの世界へと落ちてしまいたい。

 

 今まで見たサイトからそれらしいものを適当に選んで終わりにしようと思い、前に検索した語句を再び順番に検索していく。

 

 すると、見たことのない検索結果が出た。検索欄には「akinaitou」の文字。どうやら日本語入力になっておらず、ローマ字のまま検索してしまったようだ。

 

 検索結果の一番上のサイトにアクセスした。僕は自分の目を疑った。アドレナリンが大量放出され、虚ろな目が自然と開く。

 

 そこには『ターバンを巻いた中年のインド人」のキャラクターが表示されていた。しかもどうやらこのインド人は『AI』らしく、 直江の言っていた『内藤あき』の特徴にピッタリと当てはまっている。

 

 そのインド人は画面上で自己紹介をしている。しかし『内藤あき』とは名乗っていなかった。

 

 それでも僕の考えは一つだった。

 

 「もうこれでいいか」

 

 そう考えた瞬間、興奮状態はブレーカーが落ちたように収まり、布団へ倒れ込んだ。何秒と経たないまま、僕は夢の世界へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

https://jp.akinator.com/

 

 

 

 

 

 

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 ちまちま書いてましたが、ようやく書き終えました。

 

 

 この結末をハッと思いつき、トップダウンでそれに肉付けしていった結果、そこそこ長くなってしまいました。読み返してみると文字数に対して結末があっけない感じがします。

 

 

 でも満足。またなんか書きますのでどうぞよろしく。