二枚舌の仁兵
■二枚舌の仁兵
あるところに "二枚舌の仁兵(にへい)" という男がおった。
仁兵はそれはもう口が軽くその上、弁が立つことで有名だった。仁兵に秘密を喋ろうものなら、右から左へと有ること無いこと瞬く間に噂が流れてしまう。
「やあ隣のおっちゃん。最近どうだい」
「おう仁兵。ぼちぼちだよ。それにしても今日は暖かいなあ。こんな日は畑仕事なんかほっぽり出して、芝生にゆっくり寝転がって桜でも見ていたいのう」
「へえそうなんかい、それじゃあまたねえ」
そんな他愛のない会話でも仁兵が人に話す時には、それはもう色をべったべたに塗りたくって話すと来たもんだ。
「なあなあ聞いたかい。隣のおっちゃん、畑を掘ってたらな、なんと金貨1000枚が出てきて働くのやめちまったんだとよぉ。ぼちぼち億万長者なんて言ってたよ。いやあ羨ましいねぇ」
その後の隣のおっちゃんはもうてんてこ舞い。皆からはちょっとくらい金を分けろだの、分けなければけちだのなんだのと言われる始末で、
挙句の果てには国から偉い人が来てありもしない金貨を探し、見つからない、どこに隠したと騒いではおっちゃんをどこかへ連れて行っちまったってわけだ。
そんなわけで仁兵とまともな話をする人なんてほとんど誰もいない。話をしてくれるのは孤独な仁兵を憐れむ優しい人だけ。
仁兵は親もいなければ妻もいず、もちろんせがれなんているわけもない。
天涯孤独の独り身で、住んでるところも夏の間は橋の下、冬になると持ち前の二枚舌で老人をだまくらかし、ひとつも働かずに居候。
食べ物は人の家になってる柿をくすねて懐に入れ、たまにお金を拾ったと思えばやっぱり上手いこと人をだまくらかして蕎麦を値切って食べたりしていた。
ところがある日、いつものように柿を食べていると草むらから猿が飛び出してきて、びっくらこいた仁平は柿を種ごと飲み込んじまった。
するとあら不思議! 仁兵の喉の奥から柿の木がみるみる生えてくるではないか。
「うわあ何じゃあこりゃ!」
驚く間もなく柿の木が、どんどん伸びていく最中、さあどうしたもんかと考える。もう駄目かと思ったが頭の回転だけは速い仁兵、ここで珍妙な案を思いつく。
「そうだ良いことを思いついたぞ。こんな木、全部飲み込んじまえば良いんだ!」
そう言うと仁兵は生えてくる木を両手でがっちりと掴んで喉の奥に押し込んでいく。
だが柿の木も負けじとグイグイ生えてくる。こうなると仁兵と柿の木の真剣勝負。
生えてくる柿の木、飲み込む仁兵、また生えてくる柿の木、また飲み込む仁兵、まだまだ生えてくる柿の木、負けじと飲み込む仁兵、柿の木、仁兵、柿の木、仁兵・・・
だけどいくら食いしん坊の仁兵といっても際限なく生えてくる木にはどうすることもできず。どんどんと大きくなっていく木を見て怖くなった仁兵の目には涙がぽたぽたと滴り落ちる。
「うおお嫌だよお、こんなところで死にたくねえよお」
そんなことをやっていたら近くをたまたま木こりのおっちゃんが通りかかった。
「おう仁兵じゃねえか。こんな道のど真ん中で何騒いでんだ」
「ああ木こりのおっちゃん、んぐんぐ、実はよお、あぐあぐ、柿の種を飲み込んじまったら柿の木が身体からどんどん生えてくるんだよお、あぐ、助けてくれよお」
「なんだいそりゃ、不思議なこともあるもんだねえ。切ってやりてえところだがなあ、斧はさっき家に置いてきちまったからなあ」
「そんなぁ木はあんたの専売特許だろぉ、木こりのおっちゃん何とかしてくれよお」
「うーんそうだなあ、お!そうだ、もう飲み込めないってんなら、根っこごと木を引っこ抜いちまえばいいじゃねえか!」
「へえそりゃあいい考えだ、おっちゃん、早速やっておくれぇ、もう苦しくてしょうがねえんだよお」
「よしきたまかせろ、こうして掴んで、よーしいくぞ!」
木こりのおっちゃんがせーのというと仁兵は思い切り後ろに下がって木を吐きだそうとする。
するとあらびっくらこいた! 木が根っこごとすっぽり抜けていった!
ほっとする仁兵は、
「いやあひどい目にあった。もう人を騙したり悪い噂を流したりなんてことはしないよお。これからは真面目に働いて村の外れで大人しく暮らすよお」
そういうと仁兵はぽつぽつと一人歩いて行ってしまったとさ。
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それから少しだけ月日は流れ、村ではある一つの噂が流れていた。
「仁兵の奴、最近は一言も喋らねえで随分静かになっちまったなあ。一体どうしちまったってんだい、知ってるかいあんた」
「それがなあ、なんでも仁兵の奴よお、
舌の根を引っこ抜かれちまったんだとよ」